1月18日に重要局面迎える「別のトランプ」

当選後初の会見は終わったが…

瀬川 剛
「ポケモンGO」人気で昨年7月に急騰した任天堂株の信用期日が接近

 「10月は株式投資には特に危険な月だ」。

 米国を代表する作家の一人、マーク・トウェインが残した数多くの名言の一つである。1890年代の著作『Pudd’nhead Wilson』の一節で「他に危険な月は7月、1月、4月、11月、2月、6月、12月、8月、5月、3月そして9月だ」と続く。

 年末年始には干支にちなんだ相場格言(?)が盛んに取り上げられる。「申酉騒ぐ……」である。だからなんだといったたぐいの話だが、今年に関しては「」の年の経験則も盛んに紹介された。西暦で末尾に7が付く年には「○○ショック」といった金融危機が起きるというものだ。

 確かに1987年には「ブラックマンデー」、97年には「アジアの経済・通貨危機」そして2007年には「パリバショック」という、相場史に残る出来事が起きている。

 末尾が「0」の年も、90年は日本のバブルが破裂して92年8月の安値に向けて東京市場が延々と下げ始めた年だし、00年にも早々に「ITバブル」がはじけ、10年は年を通してギリシャなど南欧諸国の信用不安に明け暮れた。

 「1」の年も91年の東京市場は言わずもがな。01年には9月に米国で同時多発テロ、11年3月には東日本大震災が発生するなど、投資家のみならず日米の国民の記憶に刻まれる出来事が起き、株価も大幅な下落を余儀なくされた。「2」の年は……などと検証していくと、マーク・トウェインではないが、危険のない末尾の年などないような思いにさせられる。

16年は楽観論よりも警戒感が支配

 ただ、「7」の年には、その前年やショックが起きる直前まで為政者や市場参加者などの気が緩んで楽観ムードが支配的だった、という共通項が見いだせる。86年は85年9月のプラザ合意を背景とした人為的なドル安が米国を自己満足に浸らせ、日本では金融緩和によってあふれた資金が企業を財テクへ走らせていた。

 96年。米国ではグリーンスパン元連邦準備制度理事会(FRB)議長の表現を借りれば「根拠なき熱狂」に沸き、日本では見えざる神の手による株価の押し上げが続いて6月26日に日経平均株価が2万2666円というバブル崩壊後の戻り高値を記録した。06年の米国では「金融工学」という衣をまとったサブプライムローン関連のインチキ商品が幅広く売られ、それがまた不動産への投機熱をあおり、日本にも不動産のミニバブルという形で波及した。

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