古い四季報でソニーを追跡、テンバガー投資の極意を探る(2)

あれから20年、77冊読破した男の「深イイ話」(100)

渡部 清二
四季報に初お目見えしたときのソニー、赤線部分に注目

 前回に引き続き、戦後の元祖ベンチャー企業、ソニー(6758)の急成長期からテンバガー(10倍株)を超える成長株投資の極意を探っていきたい。今回のコラムでは、古い『会社四季報』をめくりながら、四季報コメント、業績、株価バリュエーションの順番で、当時ソニーがどのような状況だったかを確認していく。

 まずはソニーが四季報に初めて登場するところから始めたい。初登場は1956(昭和31)年2集(同年4月発売)で、社名はまだ「東京通信工業」だった。その記念すべき四季報コメントは以下のとおりだ。

【新分野開拓】昨夏、店頭取引が開始された新進の場外株である。事業は、テープレコーダーで独占的地位を占めることと、トランジスターで新分野を開拓しているので注目される。
【成績順調】成績は順調で二割配当を続け、今4月期は増収、増益が予想されている。

 今回古い四季報でソニーを調べて感じたのは、この一文に銘柄選びのヒントがたくさん詰まっているということだ。まとめると、「新進」の企業で、「独占的地位」にあり、「新分野を開拓」し、「成績(業績)順調」で、「配当」を維持し、「増収増益」だったことがポイントである。その後の四季報でも、「売上急増」「増収増益」「成績続伸」などのコメントが並び、業績が好調だったことを伝えているが、具体的な業績の数値については後ほどお伝えしよう。

万代さんって誰?

 もう一つ注目したのが経営陣である。経営陣は現在の四季報では【役員】欄で確認できるが、当時は【役員】ではなく【重役】となっていた。かなり時代を感じさせる言葉だが、そこには会長万代順四郎、社長井深大、専務盛田昭夫と記載されている。

 ソニーの経営陣といえば、名コンビの経営者井深氏と盛田氏の印象が強いだけに、「会長の万代氏ってどなた?」と感じる方もいるのではないか。私もその一人であるが、万代順四郎氏は戦前に帝国銀行の頭取を務め、のちに全国銀行協会連合会会長に就任する経済界の大物である。

 帝国銀行は1943(昭和18)年に、同じ三井組をルーツに持つ三井銀行と第一銀行が合併して設立された銀行で、当時としては日本最大の都市銀行だった。創業まもないソニーにとって、元帝銀頭取だった万代氏の後ろ盾は大きかったはずで、実際に当時の大株主第2位に三井銀行が入っているのも、その関係によるものと考えられる。

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ソニー (6758)

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