日本株、仏大統領選マクロン勝利の熱狂一段落か

簡単じゃない新国家元首の舵取り

松崎 泰弘
仏大統領選の投票後、多くのマクロン支持者がパリ中心部のルーブル美術館前に集まって勝利を祝った

 世界の注目を集めたフランスの大統領選挙は7日に2回目の投票(決選投票)が行われ、中道・無所属のエマニュエル・マクロン氏が極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン氏を上回る票を獲得して当選を確実にした。マクロン氏は1977年生まれの39歳。同国では史上最年少の大統領が誕生することになった。

 決選投票では、規制緩和と福祉国家の両立を唱える「右も左もない」姿勢のマクロン氏と、移民排斥などを標榜し、「フランス第一主義」を主張するルペン氏が激突。欧州連合(EU)との関係をめぐってもマクロン氏が「連携強化」の必要性を訴える一方、ルペン氏は「EU離脱の是非を問う国民投票の実施」を公約に掲げるなど真っ向から対立しており、金融市場には「ルペン・ショック」への警戒が広がっていた。

 だが、フタを開けてみれば、予想をやや上回る大差がついた。マクロン氏はほぼ3分の2の票を獲得。パリ中心部のルーブル美術館前に集まった支持者らは「民主主義の勝利」などと気勢を上げた。フランス内務省によると、両者の得票率はマクロン氏が66.1%で、ルペン氏が33.9%。ルペン氏の支持者からは、「40%も獲得できないとは……」などと落胆の声も聞かれた。

 ルペン氏の敗因の一つが選挙戦終盤の「迷走」だ。その一例が3日に開かれた両候補によるテレビ討論での発言である。同氏は通貨ユーロについて、「1993年から2002年まで、フランスのすべての大企業がユーロで支払い(決済)をすることができた」などと説明。これについて、フランス「ル・モンド」紙は「共通通貨を維持しつつ、フランを復活させる」という考えを後押ししようとするもの、などと伝えた。

 だが、同紙はルペン氏の説明にそもそも誤りがあったことも指摘。というのも、ユーロの導入は1999年1月だった。ルペン氏はユーロに先立って使われていた欧州通貨単位(ECU)にも触れたが、ECUは理論上の通貨バスケットであり、中央銀行間の決済などに使われていたものだ。流通通貨ではないため通貨や紙幣は存在せず、外国為替市場で売買されることはなかった。ルペン氏が挙げた期間のうち、ユーロ導入の99年以降を除いた93年から98年までECUはすでに存在していたが、企業がECUで支払いを行うことも不可能だったのだ。

 「フランと欧州共通通貨の併存」を念頭に置いた発言だったとすれば、従来のユーロ離脱方針からの転換とも言わざるをえない。フランス国民にはもともとユーロ支持者が多く、全体の約7割がユーロの使用に賛成とされている。このため、決選投票に向けて自ら軌道修正を図ったとみられるが、結果として墓穴を掘ってしまった面もありそうだ。

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