「サイバーセキュリティは国策、市場拡大は序の口」

ラックの西本逸郎社長に聞く

エミン・ユルマズ
(撮影:今井康一)
ラック(3857)は、情報セキュリティ技術を駆使したITトータルソリューション事業を展開、日本最大規模のネットワークセキュリティ監視センター「JSOC(ジェイソック)」を保有している。その将来性に目をとめた”天才”エミン・ユルマズ氏が西本逸郎社長に直撃インタビューを行った。

ーー西本社長は1986年にラックに入社されましたが、当時からセキュリティ事業を展開していたのですか? 

 いや、弊社がセキュリティ事業をスタートしたのは1995年ですね。私がセキュリティ部門に入ったのは2000年です。最初は社内ベンチャーとして始めたのですが、当時は景気もよくイケイケどんどんでした。ところがバブルが崩壊して仕事がパタッとなくなったわけです。これはヤバイということで、そのベンチャーで何か新しい事をやらなきゃ、仕事作っていかなきゃ、という部分で始めたビジネスの一つなんです。

 当時は日本でセキュリティというと暗号化がほとんどだったわけです。いわゆる予防策が中心でした。我々がそれをやっても大手に勝てるわけがないので、いわゆるハッキングの手口であるとか、最近はやりのホワイトハッカーと言われている分野に集中しました。当時この分野は黎明期で、2000年に事業を本格化したいという決断をして、そこで私もセキュリティ部門に異動することになりました。私自身はずっと技術畑でやっていますので、どちらかというと物を作る方が好きだったのです。逆に作ったものにケチをつける仕事は大嫌いだったんで、異動はとても嫌でしたね(笑)。

ーー西本社長はプログラマーをやっていたのですか? 

 そう、大好きです。2000年にセキュリティの第1期の新入社員が入ってきました。その2年程前からは入社してセキュリティ配属というケースはあったのですが、セキュリティ単独では採用していませんでした。2000年からはかなりの人数をセキュリティで採用し始めて私も転籍をしました。端的に言うと、プログラマーからセキュリティに転職ですね。

ーー全然違うのですか? 

 違いますよ。ただし、使うテクノロジーの知識は似ています。ですから理解は速かったです。

ーー日本では2000年ごろからセキュリティ問題が増えてきたのでしょうか。

 そうですね。日本のセキュリティ元年はちょうど2000年です。中央省庁のホームページ改ざん事件が起きました。最初に改ざんされたのは科学技術庁ですね。それはかなりの衝撃でした。この事件をきっかけにセキュリティが意識され始めました。コンピュータウイルスについてはその前からみんな知っていましたが、サイバーセキュリティはあまり知られていませんでした。

ーー今でも一般ユーザーはセキュリティと聞けばウイルスを想像しがちですが、ラックが得意としているセキュリティはどんなものでしょうか? 

 端的に言うと、攻撃者の視点に立つことです。日常生活の事故は偶発的に起こったり、過失で起こったりしますが、サイバーセキュリティ問題は基本的には故意で起こります。つまり、誰かがわざと仕掛けてくるわけです。この観点を最初から持っているのが我々の特筆すべき点ですし、サービス内容などもその点に立脚しています。もちろんそれだけではなく、予防策もやっていますが、基本的には犯人側の、攻撃者側の視点に立ってどうやって効率のいい防御をするか考えて開発します。

ーーホワイトハッカーのようなことをやっているのですね。

 そうですね。

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