キャタピラー、要の日本法人を大改革

油圧ショベルで攻勢狙う

長瀧 菜摘
油圧ショベル開発本部を併設する明石事業所は、組織改革で本社関連部門の直轄に。撮影:梅谷秀司

ゆっくりと進むラインの上で、工員がエンジン、油圧機器、運転席などの部品を次々と組み上げていく。

兵庫県明石市。建設機械世界トップである米キャタピラーの日本法人・キャタピラージャパンの明石事業所は、グループの油圧ショベル事業において、技術や品質の基準を作るとともに他工場のモデルとなる「マザー工場」だ。世界中に展開する油圧ショベルの開発・設計も、明石に併設する開発本部が担う。

キャタピラーが今、この油圧ショベルの中核を担う日本法人の大改革に取り組んでいる。2012年4月に三菱重工業との合弁会社からキャタピラーの100%子会社に移行して以来、社内の指揮命令系統、人事・評価制度を徐々に変更。今年4月には三菱出身の竹内紀行社長が会長に退き、グループでアジア大洋州地域の要職を歴任したロバート・ベネケ氏が新社長に就任した。

キャタピラーの日本進出は約50年前。米欧に続く成長市場として目をつけ、それまで独自に建機を手掛けていた三菱重工と折半出資する合弁会社を1963年に設立。高度経済成長の追い風を受け、特に三菱側の得意分野であった油圧ショベルが牽引し、業績を伸ばした。

キャタピラーが出資比率の変更へと動きだすのは1990年代末。日本市場が頭打ちになる一方、今度は中国で建機の需要が勃興し始めた頃だ。牽引役はやはり油圧ショベルだったが、合弁会社という性格上、機動的な動きを取りづらかった。コマツなどライバルの日本勢が中国に経営資源を集中させる中で、「キャタピラーも日本法人を自由に使いたいと思うようになった」(竹内会長)。一方、三菱重工も00年代に入って事業の選別を進め、主力から外れる建機事業を切り離すことを決断。08年にはキャタピラーが出資比率を87%に引き上げた。

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